息子は8歳半です。
生まれてから5歳までは、ほぼ日本語だけで育ちました。幼なじみも、ほぼ全員が日本人または家庭内日本語の国際結婚家庭の子どもたちでした。
5歳で現地校に入り、5歳後半から、英語の友だちが出来はじめました。
始めは、カタコトの英語または単語でコミュニケーションしていました。当時の息子は「サイレント・ピリオド(かん黙期)」に近い状態にあり、学校や英語を必要とする環境では、とても口数が少なかったのです。ですから、友だちとの遊び方もきわめて受け身的でした。
口数が増えて来たのは、7歳前後からでしょうか。日常のコミュニケーションにはほぼ問題がなくなり、友だちに対してある程度の自己主張を出来るようになったのもこの頃でした。この頃から、日本人の幼なじみとも英語まじりで遊ぶようになりました。ただ、大人や日本語優位の子が介入すると、日本語に戻っていました。
この頃までは、まだ、長期休み明けや日本へ帰国したあと学校に戻ると、英語が出ないことがよくありました。6歳半の夏休み、明けてみたら英語のアウトプットがすっかり減っていて、自信もなくしており、本当はそこで進級の予定だったのを学校に話して遅らせてもらいました。7歳2か月で5週間日本に帰り、日本の小学校へ体験入学したあと、息子はニュージーランドの学校の教室に入れず、2日間自宅待機しました。
今年は、日本人の幼なじみとも完全に英語だけで遊ぶようになりました。私が割り込んで日本語で一緒に遊ぼうとすると、見せつけるように、あるいは対抗するように英語で遊びはじめます。あるいは、すっと離れていってしまいます。
まあ、喜んでいいことでもあるんですけどね。それだけ、英語での表現力が伸びた、と言うことですから。
でも、なんか、ちょっとさびしいなあ。
子どもたちが英語を覚え始めるのは、遊びからです。
日本語を忘れ始めるのも、遊びからです。
友だちの比重が大きい『遊び用語』のインプットは、どうしても英語に偏るからです。そして子どもたちは、英語で入って来たことを日本語にしてアウトプットすることが出来ません。これがどうしてなのかは、私もまだわかりません。ですが、そうであることは経験的に明白です。
8歳、9歳、『ギャングエイジ』と呼ばれる時代になると、子ども同士の遊びに大人が割って入ることは、案外困難になってくるのですね。ですから、あそび、という環境の中で使う言葉は、圧倒的に英語になってゆく。
仕方ないことです。
でも、だからこそ『ギャングエイジ』を迎える前に、親や周囲の大人にたっぷりと、たぶん日本に住む子どもたちよりもたっぷりと遊んでもらい、遊びのための日本語を貯めておくことが、必要なのだと思います。その言葉の貯金が、その後の『学びのための日本語』を育ててゆくのだと思います。
小さいお子さんをお持ちの方、そしてそのお子さんと一生、日本語で話していきたいと思っている方、どうぞ、たくさんたくさん、子どもたちと日本語で遊んであげて下さい。お皿が汚れていても、洗濯物がしわくちゃでもいいではないですか。そして、子どもたちの言葉の水鉄砲に、沢山の日本語をインプットしてあげて下さい。
こどもたちは、今しか、あなたと遊んでくれないのですから。