11月
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息子を持って以来、二言語環境での子育てや母語を維持することによるバイリンガル教育に興味をもって、自分なりのペース、自分なりの方法論でコツコツと独学してきました。でも、独学、なんて高尚な言葉を使ってもいいものかどうか。実践を交えた手探り、悪あがき、と言った方がいいのかもしれません。
元々、この分野(二言語環境で育つ子どもの言語発達)というのは、既存の様々な研究分野に裾野が広く浅く重なります。保育学、幼児教育学、教育学、学習障害や自閉傾向のある子どもたちへの関わりから派生した特殊教育学(この名称は、個人的には好みませんが、学会の正式名称なので準じます)ディスレクシアの研究から発展した読字教育学、脳科学、読書教育学、心理学、社会学、言語社会学、民俗学などなど。
ネットで論文や識者のブログを読んだり、その中でこれはと思う書籍に行き当たったら読んでみたり、人に話を聞きに行ったり、思いついた事を息子を実験台に実践してみて結果を見たり、と、まあ、学術的とはとても言えませんが、一介の母親、としては、出来る範囲で頑張って来たつもりです。
でも、それはなかなか形になってゆきませんでした。形になってゆかない、というのは、系統立てて説明出来ない、ということです。すべての「どうして?」に答えられるようになって、初めて『形になった』と言えるんだろうなあ、と思ってきました。それは、過去に何度かあった、投げかけられた疑問に答える事が出来なかった悔しさに由来します。
「なんでわざわざ、ニュージーランドで暮らしてるのに日本語なんて教えるの、英語をやらせなさいよ」とか
「本さえ読ませていればそれで満足なの?」とか。
もう、何年も前の事なのにね。自分は以外と執念深いんだな、と痛感しました。笑。
でも、その『執念』が、何だかここへ来て、少しずつ『形になり始めた』気がします。
そのきっかけになったのは、「プルーストとイカ」でした。本の中で取り上げられているサンプルは英語ではありますけれども、「読む」という行為に脳内の音韻処理が深く関わっている、という事実が理解出来、なにか、今まで混沌と感じていた事がすっきりと見えてきました。
海外での日本語維持は、幼児期に日本語を「聴く力」をどれだけ養えるか、がポイントです。
だから、読みきかせであり、遊びなんですね。
自身の備忘録も兼ねて、時間のある時に少しずつ書いてゆこうと思います。
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11月
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わたしのへや
息子が、友達に聞かれたそうです。
「キミのお母さんは、どうしてキミより英語が下手なの?」
って。
いつかは、来る、と思っていました。
これ、今後の日本語維持が上手くいくかどうかの分かれ目です。子どもの周囲、特に親しい友達が、自分の親と、私との「違い」の本質に気がつき始めた、ということです。ここで、子どもが友達に対して、自分の親のことを「恥ずかしい」と思ってしまうと、今後の日本語に対するモチベーションは、がた落ちです。これをきっかけに話さなくなった子、『お母さんの英語は恥ずかしいから友達の前で話さないで、日本語を話すことを知られたくないから日本語でも話さないで(→要するに、自分に関わってくれるな、と言っている)』という理不尽な要求を突きつけた子。そんな話を今まで何度も聞きました。
言葉が下手だ、というのは、短絡的に「頭が悪い」に結びつきやすいですからね。本当は、言葉、というのはただの表層ですから、知性の一環ではあるけれども、それがすべてではないのです。でも、その部分はなかなか、子どもには理解出来ません。
でも、大丈夫。すべてはこの瞬間のために、5年前からコツコツ仕込んで来たんですから。
「お母さんは、子どものころに英語の学校に行ってないからだよ。でも、日本語だったら誰にも負けないよ。アンタの学校で、日本語も英語も話せるのは、あなたとお母さんとお父さんだけだし、お母さんは今、英語の人たちに混じって学校に行ってるけど、英語の人たちより成績いいでしょ。下手に聞こえるかもしれないけど、それは発音が悪いだけだよ。」
うわーすっごい手前味噌だ、と思いながら話しました。
でも、こういう事は、息子はもうすっかり理解しているんです。息子の友達をせっせと家に招いたのも、拙いながら彼らと話をしようと努力したのも、一生懸命頑張って学校に顔を出し、ペアレントヘルプも出来るだけやり、折り紙教えたり持ち寄りランチに巻き寿司を持って行ったりしたのも、すべて、この疑問が出る日のためだったんです。下手な英語しか話せなくても、息子の友達に大人として信用してもらうために。
だから、正直なところ、全然心配していません。
息子は、きっとうまくやってくれるでしょう。
大体、周囲がこういう疑問を持ち始めるのが、女の子で8~9歳、男の子で10歳ぐらいのようです。ここが、分水嶺です。ここをうまく超えるか超えられないかで、ティーンエイジにその矛先が子ども自身に向かって来たときの、自身の心の持ちように差が出ます。
実はこのところ、息子と醜いケンカが絶えず、頭を抱えていました。自分の学校の期末レポートと、息子の学校の行事ごとと、Japanz.Kidzと、夫の長期出張が重なって、さすがにオーバーワーク気味になり、私がちょっとキレやすくなってたのです。とてもじゃないけれど人様になんて暴露出来ないようなことが、この2週間ほど頻発しました。子育て間違ったかな、と、内心だいぶ落ち込みました。
けれど、息子の落ち着いた態度を見ていたら、たぶん、ここまでの子育ては、そんなに大きく間違ってはいなかったんじゃないかな、という気がしました。
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10月
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児童文学作家、絵本作家の長谷川摂子さんが、18日に逝去されたそうです。
http://www.asahi.com/obituaries/update/1023/TKY201110230279.html
言葉遣いの美しい文章を書く方でした。
一度聞いただけで子どもの耳に残り、何度も遊びの中で繰り返してしまうようなゆかいでリズミカルなフレーズをたくさん「発明」した作家さんでした。代表作「めっきらもっきら どおんどん」に出てくるへんてこな歌や、「きょだいな きょだいな」の「あったとさ あったとさ ひろい のっぱら どまんなか」というフレーズがいつも子どもたちのお気に入りであるように、転がるようなリズムと温かな視点に裏付けされた言葉で、言葉遊びや詩の楽しさを、たくさん子どもたちに伝えてくれた方でした。
鹿児島のおはなし会で、6歳の男の子が読んだ
「りんご りんご りんご りんご
りん りん りん
りんごのなかで すずが なっている」
(後略)
という詩がありました。こんなに単純なのに、「りん」という音の響きの透明感を見事に表していて、それでいて子どもにも楽しめる言葉遊びの要素を含み、「これはいい!」と、一度聞いただけで完璧に憶えてしまいました。その後、自分のおはなし会でも使ったりしたのですが、いったい誰の作品なのか、ずっとわかりませんでした。
その後3年経って、文庫に寄付していただいた古い「こどものとも」の中にこの詩をみつけたときの、思わず笑顔が沸き上がってくるような、懐かしい子どものころの気に入りのおもちゃをおしいれの隅にみつけたような、瑞々しい喜びを今も記憶しています。この詩の作者も、長谷川摂子さんでした。
「ふっふっふ
こちらは じごくまち
えんまだいおうちょうの うけつけ
じごくにおちたいかたは どなたかな」
という「きょだいな きょだいな」の一節は、子どもたちに大人気です。でも、ご自身のその瞬間に長谷川さんが聞かれたのは、きっと天国からのお褒めの言葉だったろうと思います。何しろ、何十年もの長きに渡って子どもたちを楽しませてくれる、美しい言葉の数々をたくさん残して行かれたのですから。そして今後も、その言葉たちはきっと子どもたちに語られ、これからの未来を支えてゆくのですから。
長谷川さんの残してくれた多くの物語を、子どもたちに伝えてゆくのは、私に与えられた仕事のひとつだと思います。
心からご冥福をお祈りします。ご存命のうちに是非、一度お目にかかりたかった、憧れの作家さんのお一人でした。
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10月
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自分を取り巻く世界は、今、どこまで広いのか、と、思います。
飛行機にのって10時間で到着する国では、今も収束の気配がないまま、目に見えない毒、のようなものが空気に乗っています。それは今でも出ているのかいないのか。誰にその答えが出せるというのでしょう。
そこよりもずっと近い、飛行機で3時間ほどの海は、座礁したコンテナ船から流れ出た重油で真っ黒く染まっています。リゾート地として人気の高い、美しいビーチでした。つけた足跡は瞬く間に波に洗われ、また元の滑らかに濡れた砂に戻る、そんな無窮の繰り返しを、想像力さえ及ばぬほど彼方の昔から、繰り返してきたであろう場所でした。
そういう幾多の、地球規模の災難が今、どこかで現実に起こっていて、けれど私とその周囲の生活は変わらずに続いています。
この不公平はなんなのだろうか、と。
自分のこの手で、この足で、この体ひとつで、出来ることって何だろう、と考えるようになりました。
誰の手も借りず、機械の非人間的な利便性に頼らず、出来ることってなんだろう、と。
私はどのくらい歩けるのだろう、とか。
どのくらいの荷物を運べるのだろう、とか。
私は、空を見て天気の変化を読めるのだろうか。森の中で道に迷ったら、まずは水を得られるのだろうか。身ひとつで危険を察知することができるのだろうか。
こういう能力が無くなったことを、人類は「文明」と呼んで来ました。
でもそれは、本当に歓迎すべき変化だったのだろうか。いま、私にはわからなくなっています。
こんな妄想を持ちました。
有機物を食べて土に還すことの出来るミミズは、身ひとつで放射能の除去が出来るのだろうか。
もし出来るのならば、ミミズの方が人間より本当は高等なのかもしれない、と。
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9月
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すっかり放置していますが、一応ここの存在を忘れてはいないです。
FBやMi:teでご一緒して下さっている方はご存知でしょうが、clst2はこの7月から学生しております。ニュージーランドは、高校で教科として日本語を教えている国で、ですから正式に日本語を教えることができる教員資格があるのですね。その資格を取るためのコースに行きたくてずっと英語を勉強していましたが、2年かけても結局、英語の資格試験で基準点をクリア出来なかったんです。
そこで、ちょっと回り道をすることにしました。地元の国立の専門学校でLevel7(大卒相当)の資格を取ると、教員養成コースに入るための英語の資格試験が免除になることが分かったんです。そこで、7月からその専門学校に通っているわけです。専攻は、IT。今まで見たこともなかった、コードだの開発言語だのデータベース構築だのに囲まれた毎日を送っています。こういう生活が、少なくともあと1年半。その後、教員大学へ入学を許可されたとして、そこからさらに、フルタイムで1年。時間もかかりますが、費用のことを考えるとちょっと頭が痛いです。
さて、果たして教師にたどり着けるのでしょうか。
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6月
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最近、「プルーストとイカ」だとか、「ことばをはぐくむ」とか、「コンピューターが子どもの心を変える」とか、そんな感じの本を読んで、その結果、心理学的見地からとか、専門的な言語療法の分野からとか、脳科学者の提言とか、まあそんなものを自分の中にいれてぐつぐつ煮立てて混ぜ合わせているところです。
相変わらず、何をやればいいのか混沌としています。ですが、少し前に、とにかく日本語の「音」を出せるようにしなければ、と直感的に思って、主催する日本語学習会「Japanz.Kidz」に音読を取り入れました。それから約一年が過ぎ、何と言うか、確実、とまでは言えないまでも今までよりはずっと手応えのある結果が得られていること(何しろ、入学して1年が過ぎても子ども同士が英語で話し出さないのです!)などで、ぼんやりとですが、まあ、道が見えて来た感じがします。
最近は、とにかくおせっかいをしないようにしています。
言葉の問題は家庭の選択だから、その家庭なりのスタンスがあっていい。
ただ、どこかでつまづいて、少しアドバイスが欲しい、と思っているひとが私たちのグループを訪ねて来たら、その時に助け舟を出せばいいんだな、と思えるようになりました。これも年の功なのでしょうかね。
でも、もし本気で日本語を維持したければ、出来れば早い段階で、自分の子どもの日本語がいま、どのくらいの段階にあるのか気がついてほしいなあ、と思います。出来れば4歳代までのうちに。
子どもの発話の7割くらいが英語になってきてしまった状態で小学校に入ってしまうと、さすがに取り返すのが難しいので。
子どもと日本語で話してゆきたい、と思っている乳幼児のお母さんたち。
親の問いかけに対する日本語での返事が少なくなって来たら、ちょっと気にかけてあげて下さいね。
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5月
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ご無沙汰しました。半年に一回更新のブログ、と成り果てていますが。
2011年前半は、本当に大変な幕開けを迎えてしまいました。ニュージーランドに住む日本人は、みな、そんなやりきれない思いを抱えて、日々の生活を営んでいるだろうと思います。クライストチャーチの震災で被害を受けた方、そして日本の震災と津波で被害を受けた方のこころとくらしに、一日も早く希望の光が灯ることを念じてやみません。
この3か月ほどの近況です。
クライストチャーチの地震発生直後、日本のメディアから依頼を受けて現地入りし、取材班のお手伝いをしました。個人的に思うところが多くあったのですが、それはこの場には記しません。その3週間後に、今度は日本の、あの未曾有の大災害が起こりました。
ネットで日本の報道を見ながらも、これが今、現実に起こっていることだとは、どうしても信じられませんでした。その映像は、私の想像力の限界をはるかに凌駕するものだったのです。
すぐに、私の周囲でも、義援金集めの動きが起こりました。そのひとつふたつに関わり、4月下旬まで、義援金を集めるために週末マーケットのストールに出向きました。冬になり、マーケットの人出が減ったことを機に、その活動を一段落させたところへ、日本の両親がこちらへやってきました。
わずか1週間の滞在でしたが、思いの外老いた両親の姿を目の当たりにして、これもまた、思うところがいろいろありました。毎年、帰国の折りに会ってはいたのですが、70年あまりを同じ土地で暮らして来た彼らは、ある意味、「固定化」された世界の住人です。そんな「彼らの世界」から抜け出して来た父と母は、今まで私の知らなかった、別の姿を見せました。悔しいような切ないような、奇妙な体験でした。
そういった数ヶ月を過ごして、私自身には大きな、もちろん外見のそれではないのですが、やはり大きな変化が訪れたと思います。気づき、といういい方の方がしっくり来るのかもしれません。では、そういう気づきがあったのかと言うと、おそらく、「保証された明日」という概念のあまりの心もとなさ、なのだろうと思います。
少し気が抜けてしまって、いろいろやる気が失せているのですが、そろそろ建て直さねばなりませんね。
「プルーストとイカ〜読書は脳をどのように変えるのか?」を読んでいます。「読む脳」の知られざる側面を次々と知らしめてくれ、今までなかなか答えを見つけられずにいたいくつかの疑問に、うっすらとですが答えが見つかりはじめています。
少なくとも、
「日本語を維持するのにどうして読み聞かせが必要なの?」
という質問には、もう、なんとか答えられそうです。
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2月
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ブログのテーマ変えてみました。
まだちょっといろいろ不都合が多いのですが、まあ、徐々に整えてゆきます。
最近ね、少し考えちゃってるんですよね。
何がって、意図せず自分がものすごい『教育熱心な親』になってしまっていることが。
うーん、なんて言うんだろ。
こうしなくちゃいけない、ああしなくちゃいけない、と行っているつもりは毛頭ないんですけど、結果としてそうなってしまっていることが多くて、上手いこと自分のやりたいことを体現できていないような気がするんですよね。
それでもって、その結果、実は自分の存在そのものが、もしかしたら誰かに取ってのプレッシャーになってやしないかな、なんて。
何言ってるのか自分でもよくわかっていませんが。
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2月
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帰国生・継承語学習者への日本語教育を考える会.
ここ、いいです。学術的資料が盛りだくさん。
2008年11月の、中島和子教授(日英バイリンガル教育の先駆者的研究者で、早い時期からバイリンガル教育に関する著作を発表されています)による講演を再録した資料→(こちら・PDF)や、その資料内のリンクを辿って読める、カリフォルニア州立大学のダグラス昌子準教授の実践記録 「年少者のための継承日本語教育におけるプロジェクトアプローチを使った合同授業のデザイン』という論文などは、かなり参考になりました。
読むにはかなり骨が折れますが、これもまた、自分自身の日本語の修行だと思いましょう。
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1月
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あけましておめでとうございます。
月並みですが、今年はうさぎのように跳躍する年にしたいものです。
ところで、こんな記事をみつけました。
憧れのバイリンガルになる方法 (前編) [ナナメ目線!ジャパコリアン] – Be Wise Be Happy Pouch[ポーチ].
著者の具 滋宣(Shigenobu Gu)さんは、5歳から8歳まで日本で過ごしたあと韓国に戻り、韓国の高校を卒業した後、特別な日本語のトレーニングを積んだわけではないにも関わらず、早稲田大学に合格。日本の出版社勤務を経て、いまはフリーのライターさんです。
韓国に帰国後の彼の日本語環境は、『読書』だけだったそうです。以下、引用します。
<以下引用>
読書だけでバイリンガルになるという話は、これまでの常識から考えると信じられないかもしれない。しかしこれは私の親が日本語を忘れさせないための努力をほとんどしなかったので逆にはっきりしている。私が小学校3年生のときから高校卒業まで、私がした唯一の日本語活動は読書しかない。
幸い私の実家には父の仕事の関係で日本語の本は数えきれないほどあった。年齢を重ねるにつれ、私が手に取る本のレベルも自然に上がっていき、小学校3年生レベルだった私の日本語も、年齢相応の日本語に上がっていったのだ。喋ったり書いたりもせず、ただ読んだだけだ。そしてこの通り、現在の私はダブルリミテットではない。
<引用終わり>
海外での日本語維持に読書は欠かせない、むしろ読書こそが鍵だ、と、根拠なくずっと思ってきました。だからこそ文庫活動を始め、幼児期からいい読書環境を与えてあげられるように、と考えてきました。
ですが、そのことに疑問を問いかけられたことは一度や二度ではありません。
「本さえ読ませていればそれでいいの?」
と、暗にそのやり方への批判を込めた疑問を投げかけられ、それに答えることができなかったやるせなさを、私は忘れることができません。
ですが、この具さんの短いコラムで、目の前の霧が晴れてゆくような気がしました。
彼は、幼少時にテレビを見せてもらっていません。おそらく、ゲーム類も幼児期には手にしたことがないでしょう。そうして作り出した『暇な時間』に、彼は繰り返し本を読むことで、韓国にいながら大学入試にさえ対応できるほどの日本語力を培うことができたのです。
海外で暮らしながら日本語の維持を目指す皆さん。どうか、子どもたちに本を読んであげて下さい。幼児は、読んでもらうことでしか読書を体験できません。そして10歳を過ぎると、子どもたちは自然と、弱い方の言語での読書から遠ざかってしまいます。
10歳までの、音声からのインプットが重要な時期に耳からの読書をたくさん体験することが、やっぱり日本語維持の鍵なのだと思います。
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