6 月 11th, 2009

問題児を問題児にするのは誰だ

問題児再生プログラム——特別学級を訪ねて(前編):日経ビジネスオンライン.
教室で銃を突きつけた小学生、それでも絶望しない女性教師(後編):日経ビジネスオンライン.

アメリカの最底辺で生きる子どもたち。公立校で対応しきれなくなった問題児たちを集める学校、Opportunity Scvhoolのルポルタージュです。

子どもは、本当は健やかに育ってしかるべきなのです。この現実はどうして生まれて来てしまったのでしょう。

この話に出てくるような先生が、本当は、もっともっと増えてゆくべきなのだと思います。そのために私は何をすればいいのか、いつも考えていたい。

考えない自分は、問題児を作り出す側に加担してしまうから。

6 月 10th, 2009

もうひとつ、ひとりごちてみる。

それにしても、子どもたちに「おはなし」を届けることの大切さは、どうしてこれほどに、先進国では伝わりにくいのだろう、と、いつも思います。

「絵本」や「おはなし」を嫌いな子どもは、いません。もし、嫌いな子がいたとしたら、それは出会っていないだけです。

子どもが「えほん」や「おはなし」と出会うためには、大人の手が必要です。大人が与えなければ、子どもは「えほん」や「おはなし」に出会うことはありません。

そして、子どもの一番身近にいるのは、親です。あなたが読んであげれば、あなたの子どもたちは「おはなし」に出会い、豊かな心や思考力を育み、自らの手で強く生き抜いてゆく強さと、人を慈しみ思いやる優しさを同時に身につけてゆきます。

ついでに、豊かな言葉の力も「おまけ」でついてきます。

「子どもをいい子に育てるコツはただひとつ、毎日、絵本を読んであげることです」

という言葉も、どこかで読んだことがありました。私はこの言葉を真実だと思っています。だけど、たったこれだけのことを受け取ってくれる人の、いかに少ないことか。

もし、あなたが今、子育てで悩んでいるとしたら、試しに毎晩、5分間だけ、子どもたちに絵本を読んであげてみて下さい。一か月、もしかしたら2週間で、確実に何かが変わります。あなたが絵本を読んであげる、その5分間は、どんな教材よりも教育ソフトよりも、子どもたちのこころに響くのですから。

6 月 10th, 2009

ひとりごちてみる。

またしても、しばらく放置してしまいました。

前回のエントリーに、シャンティ国際ボランティア会の亀井さんからコメントをいただきました。こんな辺境の地のブログをみつけてくださり、コメントまでお寄せ頂き、ありがとうございました。絵本の力には、私も驚くことしきりです。私はこの力を、自国を離れて生きる移民たちが、言葉や文化を次世代に伝えてゆくために使えないものか、と、ずっと考えています。今は日本にルーツを持つ子どもたちを対象にしていますが、大きな夢として、ニュージーランドの移民社会全体に、母語での読み聞かせやおはなしを伝える機会がふえてゆくといいな、と、そんなことをぼちぼちと考えています。

ただ、私が思っているような絵本の使い方はおそらく、読み聞かせやおはなしに関わる方々には嫌われるだろうな、とも思います。『絵本』『おはなし』『読み聞かせ』といった活動は、純粋に子どもたちのことを思う人々の善意から出発していることが多く、ですから、『絵本やおはなしを子どもたちに届ける』ことの副産物であった『言葉を育む』ことにに焦点を絞るやり方には、私自身も含めて、迷いや違和感を感じる方が多くいらっしゃいます。

だけど、『絵本やおはなしをこどもたちに届けること』つまり『伝承』がなぜ大切なのか、と考えると、やはり『伝えられることでその民族特有のこころが育つ』からだと思うのです。カンボジアでその重要性が認識され、そのために絵本が使われているという事実に、私は勇気をいただいたと思っています。

ありがとうございました。

4 月 29th, 2009

やっぱり絵本はすごい・「国境を越える風」<日経BPネット>

 

絵本を読んでくれた肉親のぬくもりが カンボジアを支援し続ける原動力に(前編) | ひと・話題 | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉.

 

カンボジアで、絵本やお話を通して現地の子どもたちに伝承民話や物語を語り伝える活動をして来たSVA(社団法人シャンティ国際ボランティア会の話です。

絵本の力は、ここにも変化をもたらしています。

4 月 8th, 2009

「Nippon」を憂う 「教育費をタダにせよ」:日経ビジネスオンライン

 

このコラムの著者、西野弘氏が東大で講義を行った際、学生たちに

「勉強を楽しいと思っている人」

と問いかけたら、誰一人手を挙げなかったそうです。

 

 

「教育費をタダにせよ」:日経ビジネスオンライン.

 

 

スウェーデンの教育事情を踏まえた上での、日本の教育事情への厳しい提言です。読めば読むほど、日本では「教育」そのものがいかにないがしろにされているかが見えて暗澹たる思いにかられます。

ここで紹介されているスウェーデン方式が、すべて日本に当てはまるとは思いません。特に、人口の差は大きな要素です。900万人しかいない国の小回りの良さや国としての団結力を、1億2千万人の国に求めるのは無理です。それに、そもそも日本には、「団結すること」への根深い抵抗感があります。その一方で、意見の違うものに対する精神的な嫌悪感も相当なものです。

そのどちらもが、先の戦争の後遺症だとしたら、なんと皮肉なことでしょうか。戦後60年を経て、私たちは、無為に右往左往することしか出来ない国民になってしまったのでしょうか。

 

だからこそ、今、教育なのだとは思わないのでしょうか、永田町は。

 

 

 

私は常々、教育こそが世界を変えると思っています。そして「教え育てる」ことの基礎は、幼児期から学童前期に掛けて、家庭と学校施設の両方で育まれるものだ、とも。私はJapanz.Kidzという、子どものための日本語学習グループに参加していますが、このグループも原則親子参加です。親子で参加することに意味がある、と、思っているからです。

「考えることは楽しい」と、人生の早い段階で感じてくれれば、その体験は、その子が一生学び続けるための原動力になるはずです。

そうして、学びたいという意思を強く持った人には、学ぶ場を提供してゆくことで、20年、30年後には「強くかしこく、誇り高いニッポン」が出来上がる、と私は思います。でも、そのことをイメージ出来る政治家が、残念ながら日本には存在しないように見えます。

日本はもしかしたら、自分たちの未来を担う「学びの芽」を、日々、踏みつぶしているのではないでしょうか?

4 月 7th, 2009

生活の現実感を取り戻そう;日経トップリーダーonline「ニュースのツボ」

 

 

日経トップリーダーonline: ニュースのツボ

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辰巳渚氏のコラム。彼女は、現代社会に蔓延している、とらえどころのない現実感のなさを言葉にしようとしてくれるひとです。

うさぎの島 (ほるぷ海外秀作絵本)」という絵本があります。イエルク・シュタイナー(文)、イエルク・ミュラー(絵)、二人ともスイスの作家です。

うさぎ工場を抜け出す、二匹のうさぎの物語です。工場のうさぎたちは、自分たちがどこにいるのか知りません。毎日毎日、おりのなかで、コンベアベルトで運ばれてくるエサを食べているだけの日々。小さなうさぎが連れて来られ、太ったうさぎは連れて行かれます。その日常に、なんの疑問も抱かない日々。

連れて来られたばかりの小さな茶色うさぎと、長く工場で暮らしてきた灰色うさぎは、一緒に工場を脱走します。しかし、外の自由を謳歌する茶色うさぎに比べ、灰色うさぎにとって、外の世界は恐ろしいことばかり。

私はときどき、自分は本当は「うさぎ工場」にいるのではないか、と思ってしまうことがあります。生活に、あまりにも現実感が失われていることを感じるとき。ここは本当に、現実なのだろうか、と、思ってしまうことがあるのです。

いわれのない不安。
なんとかなる、と思えないような弱々しい自己。
霧に巻かれているような、本当のことを何も知らされていないような感じ。

辰巳渚氏のコラムを読んでいると、でも、目の前の霧が少しずつ晴れてゆくような気分になります。私はまだ「灰色うさぎ」じゃないな、と、信じられるのです。

4 月 6th, 2009

NZニュースpick up ; やっぱり「しあわせ」な国

 

ニュージーランドの12の地方自治体と、社会整備省(The Ministry of Social Development)が実施した、『クオリティ・オブ・ライフ』に関する電話調査の結果です。

10人中9人が、自分たちのクオリティ・オブ・ライフは良好、またはとてもよい、と回答したそうです。詳細は以下に。
 

From top to bottom Kiwis say life is good - National - NZ Herald News.(英語)

都市部に住む人のうち9割が、健康状態は良好だと答え、8割が、生活を維持するのに十分なお金がある、と答えたそうです。現在のニュージーランドの平均年収は、約56,000NZドル。現在のレートでは約330万円です。

ニュージーランド、という国の「暮らしやすさ」は、どこから来ているのだろう、と、よく考えます。そしてそれは、実は、この国が「物質的に恵まれた国ではなかった」ことと関係があるのではないかと思うのです。

ニュージーランドには、「No.8 wire」という言葉があります。8番ワイヤーは牧場の柵を作るのに使われる太さで、ニュージーランドで唯一、「どこででも手に入る」ものだったそうです。モノがなかった時代、ニュージーランドの人々は、この8番ワイヤーを使って車でも家でも何でも修理しました。部品ひとつ取り寄せるにしても「数ヶ月待ち」が当たり前、という、孤立した不便な国で、「No.8 wire」は人々の創意工夫を促しました。そしてそれはやがて、ニュージーランド流の「解決法」や「適応力」「創造力」などを表す言葉になりました。

ニュージーランドの人々は、「そこそこ」で満足します。すべてのものが「最高」である必要はないし、「あって便利なものは、なくてもなんとかなる」し、「なければないで、自力でなんとか出来る」という自信が、あるような気がします。

この、「なければないで、自分でなんとか出来る」という感覚から、私たち日本人ははるかに遠いところにいるのではないでしょうか。私たちはいつも、便利なものやサービスに黙っていても「助けてもらう」ことを、無意識に期待してはいないでしょうか。

高品質に慣れた日本人が失ってしまった、生きるための逞しさ。この調査結果には、それが反映されているような気がします。

4 月 5th, 2009

「ものづくり」の本当のちから WEDGE infinity

いや、すごいです、このひと。

 

ものを考えない社員 今からでも変えられる 三鷹光器代表取締役会長 中村義一 WEDGE infinityウェッジ.

 

三鷹光器は、社員数約50名の町工場です。ですが、その『技術力』は海外のメーカーからも高く評価され、クライアントにはあの「NASA」や「ライカ」も名を連ねるといいます。技術力を支えるのは、創意工夫。代表の中村氏の言葉は、シンプルで骨太、だけど真理です。

「創意工夫」って、人生のあらゆる局面で、難局を打ち破る力になるものだと、私は思うんです。そして、近代の100年で人間が最も失ってきた能力のひとつでもあるのではないでしょうか。

3 月 26th, 2009

「Nippon」を憂う 阿久根市の竹原市長の話

この市長が「糾弾」されてしまうという事実が、ニッポンの政治の不誠実さや胡散臭さを如実に物語っていますよ、ホント。とても誠実な、清潔な市長だと思うのですが。

 

シリーズ 変なニッポン4 ブログ市長の「切ない」思い:日経ビジネスオンライン.

3 月 19th, 2009

「Nippon」を憂う 日系人を使い捨てる日本

 

どうか、あなたの車を、目の前のパソコンを、テレビやデジカメを、日本を代表する数々の「誇らしげなJAPAN BRAND」を思い浮かべながら読んで下さい。

 

その制作現場を支えて来たのは、誰なのか。想像しながら読んでみて下さい。

 

 

大不況下の東海地方で急増する ブラジル人失業者の“悲痛な叫び”|News&Analysis|ダイヤモンド・オンライン.

 

 

そして読み終えたらどうか、このひとたちのことを思ってください。

助けてあげられなくてもいい。だけど、このひとたちの存在から、目を背けないで下さい。これもまた、あなたの知らない「Nippon」です。